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2 ゲノム編集とは

2.4ゲノム編集の技術的課題

我々の体は、受精卵という一つの細胞から始まり、細胞分裂を経て、37兆個程度の細胞から構成されるようになります。これらの細胞は機能的に異なる200種類以上の細胞種に分類され、個々の細胞種では異なる機能を発現しています。この「細胞種特異的な機能発現」は、ゲノムDNAに記された特定の遺伝情報を読み取ることによって達成されます。個体内の全細胞はほぼ同じ遺伝情報のゲノムDNAを持っており、精子または卵子を介して次世代にも引き継がれます。個々人で髪色や身長などの容姿が違ったり、がんの発症率等の疾患の罹患率が異なったりするのは、個々人が持つゲノムDNA上の遺伝情報が異なることが一因です。そのため、ゲノムDNA上の遺伝情報を書き換えることができれば、疾患の発症を予防したり、治療したりすることが可能になります。

ゲノム編集技術は、ゲノムDNA上の遺伝情報を書き換える技術であり、有用な畜産物の作成や疾患の治療等にすでに応用されています。2020年にノーベル化学賞の受賞対象となったように、「CRISPR-Cas9技術」が登場してから、基礎的な生命科学研究分野では多くの研究者が利用できる汎用技術となっています。ゲノム編集技術の原理は、特定ゲノムDNA領域のDNAを切断する特殊な酵素を利用してDNAを切断し、細胞内部のDNA切断修復機構を利用してDNA塩基配列を人為的に「編集する」ものです。近年ではDNAを切断すること無く、塩基配列を書き換える技術 (塩基編集プライム編集)も登場しています。ここではこれらを含めて「ゲノム編集技術」と呼ぶことにします。

しかし、ゲノム編集技術は完璧な「神の技術」ではなく、克服するべき課題があります。それは、標的とするDNA領域以外の領域が非意図的に編集される「オフターゲット作用」が認められる点です。オフターゲット作用とは、標的とする塩基配列(オンターゲット)と似た配列がゲノム配列中に存在する場合、その領域も編集してしまうことを指します。あるいは、細胞内でゲノム編集ツールが過剰に発現することによって、オフターゲット作用が高まる場合もあります。

こういったオフターゲット作用は、治療対象とする細胞内のゲノム配列に意図しない改変が加わることとなり、過剰なDNA切断および改変による細胞死やがん化、細胞性質の著しい変化の原因となり得ます。また、原理的には受精卵でゲノム編集を実施すれば、そこから発生する個体は全身の殆どの細胞でゲノム編集された遺伝情報を受け継ぐこととなり、その遺伝子は次世代にも引き継がれます。もしオフターゲット作用によってがん抑制遺伝子の機能が阻害された場合、その人はゲノム編集によって遺伝性疾患を克服できたとしても、将来がんによって苦しむ可能性があるのです。そのため、現状ではオフターゲット作用を完全に抑制することは不可能で、受精卵でのゲノム編集は大きなリスクを負うため、現在は受精卵でゲノム編集を実施して母体に戻すことは禁じられています。禁じられている理由には倫理的な問題も含まれます。

ゲノム編集技術は急激なスピードで技術開発が進められており、オフターゲット作用を低減しつつ、オンターゲットでの編集効率を上昇させた技術が日々確立されています。今後さらにオフターゲット作用が極めて低く、オンターゲットでの編集効率が非常に高い技術が確立されれば、ゲノム編集を利用したより安全性の高い治療応用が可能となり、遺伝性疾患などの重篤な疾患を受精卵の段階で治療することも可能になると期待されます。

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