臨床医学・歯学の教育及び研究におけるご遺体の取扱いに関する共同声明
臨床医学・歯学の教育及び研究におけるご遺体の取扱いに関する共同声明
2025年9月5日
臨床医学・歯学の教育及び研究におけるご遺体の取扱いに関する共同声明
一般社団法人日本医学会連合
一般社団法人日本歯科医学会連合
一般社団法人全国医学部長病院長会議
歯科大学学長・歯学部長会議
篤志解剖全国連合会
一般社団法人日本解剖学会
一般社団法人日本外科学会
公益社団法人日本整形外科学会
一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
一般社団法人日本脳神経外科学会
一般社団法人日本救急医学会
公益社団法人日本口腔外科学会
公益社団法人日本産科婦人科学会
一般社団法人日本形成外科学会
公益社団法人日本麻酔科学会
一般社団法人日本泌尿器科学会
公益社団法人日本口腔インプラント学会
死者に対する畏敬の念は、文化・宗教・時代を超えて多くの社会で共有されてきた普遍的な倫理観であり、すべての者が保持すべき基本姿勢である。人の尊厳は死後も失われることなく保持されるべきであり、いかなる場合においてもご遺体を取り扱う際には、深い敬意と特段の配慮が必要である。
わが国の医療関係者の教育においては、無条件・無報酬の篤志献体制度にもとづく解剖学教育がその入口に位置付けられている。解剖学実習は、医学・歯学の基礎を学ぶ場としての意義に加え、医療者としての倫理観・使命感の形成に欠かすことのできない貴重な機会である。人体の精巧さや複雑さに畏怖をおぼえ、自らの経験と成長が献体者とそのご家族の無償のご厚意によって支えられていることを知る。それにより、自らに負託された責任の重さを自覚するとともに、未知の病態や生命現象と格闘することを覚悟し社会に貢献する決意を新たにした初心を、すべての医療関係者はその生涯を通して忘れてはならない。わが国では解剖学の教育のみならず、医学・歯学研究や、必要性・重要性が近年増しつつある外科手術手技研修(Cadaver Surgical Training: CST)も篤志献体制度に依拠している。医学・歯学の教育・研究に携わる者は、篤志献体者ならびにご家族に対する感謝と配慮の気持ちを忘れてならない。医学・歯学の進歩と技術向上に貢献するわが国独自の本制度を維持・発展させていくためには、ご遺体に関わるわが国の国民感情や社会的・文化的背景にも十分に配慮しつつ、献体者やそのご家族の信頼を裏切らぬよう、またご意向を尊重するよう、関連教育機関及び学協会は誠意をもって行動することが求められる。
そこで、本声明発出団体は連名で、国内外を問わずご遺体を取り扱う教育・研究の適正化を主導する責務を果たすべく、以下に掲げる事項を厳守し、会員に不適切な行為が発覚した場合には、刑事罰の対象となる可能性があることも踏まえ、厳正な対応を行うことを宣言する。また、ご遺体を用いた臨床医学・歯学の教育及び研究を行う大学に対し、ご遺体の使用に関するルールやガイドライン等の周知や啓発を徹底するとともに、不適切な取扱いに対しては、厳正に対処することを学内ならびに学外のCST等の参加者に周知するよう求める。さらに、学内で不適切な行為が発覚した場合には、大学の責任において懲戒処分等を行い、極めて悪質な場合には刑事罰の対象となる可能性があることも踏まえた速やかな是正措置を講じることを要請する。
1. 死者の尊厳と献体者やそのご家族の意思の尊重
・死者への礼意と敬意をもち、また献体者に対するご家族の深い想いに配慮し、一切の軽率な行動を慎むこと
・死者(臓器部分を含む)の画像等のデータを含む個人情報は厳密に管理し、不適切な共有は行わないこと
・ご遺体を用いた教育・研究を行う際は、わが国の篤志献体制度の理念を尊重し、国内外を問わず、いわゆる「遺体ビジネス」と誤解されることのないよう、透明性・公正性ならびにわが国の篤志献体制度への影響に十分配慮すること
2. 法令及び倫理指針、ガイドライン等の遵守
・献体によるご遺体を用いた人体解剖を行うにあたっては、「献体解剖倫理指針」(篤志解剖全国連合会・日本篤志献体協会・日本解剖学会)を遵守すること
・CST等の臨床医学教育目的におけるご遺体の使用に関しては、「臨床医学の教育及び研究における死体解剖のガイドライン」(日本外科学会・日本解剖学会)を遵守すること
・医学研究目的におけるご遺体の使用に関しては、上記指針・ガイドラインに加え、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(文部科学省・厚生労働省・経済産業省)などの関連指針*を遵守すること
・上記の指針やガイドラインに加え、実施機関の倫理委員会等による審査・承認を受け、ご遺体の使用においては、承認内容の趣旨や内容から逸脱した行為は行わないこと
3.ご遺体の適正な取扱いとガバナンスの徹底
・医学・歯学教育及び研究におけるご遺体の管理は解剖学教室のみならず大学全体の責任として行うこと
・関連学協会は、専門性に依拠する自律的規範意識(プロフェッショナル・オートノミー)に則り、ご遺体の適切な取扱いについて会員ならびに、関係する医師・歯科医師等への指導・監督を徹底すること
・関連学協会は、学会としてあるいは会員が海外でご遺体を用いた臨床医学の教育及び研究を行う場合においても、ご遺体に関わるわが国の国民感情や社会的・文化的背景に十分配慮した倫理遵守を徹底するように学会として責任をもって指導すること
・ご遺体を用いた臨床医学・歯学の教育及び研究を実施する大学及び関連学協会は、上記の関連指針等の遵守をあらかじめ関係者に周知すると共に、不適切な行為が確認された場合、その者に対し、大学・学協会の責任において、必要に応じて刑事罰の対象となる可能性があることも踏まえた厳正な対応を行い、速やかに是正措置を講じること
注釈
*関連する指針の例:「解剖体を用いた研究についての考え方と実施に関するガイドライン」(日本解剖学会)、「人体および人体標本を用いた医学・歯学の教育と研究における倫理的問題に関する提言 」(日本解剖学会・日本病理学会・日本法医学会)、「臨床医学研究における遺体使用に関する提言」(日本外科学会CST推進委員会)、「医療機器の研究開発におけるカダバースタディー**に関するガイダンス」(経済産業省・国立研究開発法人日本医療研究開発機構)
**カダバースタディー:ここでは特に別途生前の同意とご家族の承認を得た上で献体者のご遺体を医療機器開発等の目的で使用するケースを指す。