医学会連合の取組み

遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益の防止

提言・声明

「遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益の防止」についての共同声明」について、2022年4月6日に記者会見を行いました。

「遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益の防止」についての共同声明

2022 年 4月 6日

日本医学会長・日本医学会連合会長 門田 守人
日本医師会長 中川 俊男

「遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益の防止」についての共同声明

 個人の遺伝情報・ゲノム情報に基づき、個々人の体質や病状に適した、より効果的・効率的な疾患の診断、治療、予防が可能となる「ゲノム医療」の実現が、様々な診療領域で広がっています。特に、がんや難病の分野では既に実用化が進んでおり、その人の病状に適した治療法の選択や迅速な診断の実現などの恩恵が得られています。また、糖尿病や肥満症、心血管疾患や免疫・アレルギー疾患、精神・神経疾患を含む多因子疾患についても、世界的に医療応用を目指した研究が進んでいます。

 一方で、生殖細胞系列の遺伝情報・ゲノム情報は生まれながらに持っていて、生涯変化せず、子孫にも受け継がれ得ることから、国民が安心してゲノム医療を受けるためには社会環境を整備する必要があることが指摘されています。1) 仮に不適切に扱われた場合には、患者とその血縁者に、保険や雇用、結婚、教育など医療以外の様々な場面で不当な差別や社会的不利益がもたらされる可能性があるためです。

 日本も加盟するUNESCOの「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」(1997)では、「ヒトゲノムは、人類の遺産であり、何人も、その遺伝的特徴の如何を問わず、その尊厳と人権を尊重される権利を有する」とされ、「何人も、遺伝的特徴に基づいて、人権、基本的自由及び人間の尊厳を侵害する意図又は効果をもつ差別を受けることがあってはならない」と述べられています。2) 諸外国では2000 年代から保険や雇用を中心として、医療以外の分野における遺伝情報・ゲノム情報の取り扱いに関するルールの策定が行われており、また、ゲノム医療の実装に伴い、その見直しの議論も進められています。3)

 しかし、我が国の社会環境の整備としては、個人情報の取得や第三者提供に本人同意の取得を求めるという個人情報保護法による対応のみに留まっており、不当な差別や社会的不利益の防止については、法律あるいは自主ルールのいずれの形でも定められていません。我が国では、国民皆保険の制度が整備され、公的健康保険の加入に際して、遺伝情報・ゲノム情報の提示を求められることはありません。しかし、いわゆるがん保険や死亡保険等の、民間保険の引受・支払実務における遺伝情報・ゲノム情報の取り扱いに関するルールは不明瞭な状況にあり、業界の自主規制の検討状況を待っている状況にあります。4) また、事業所における採用、配置、職責の決定や労働者の健康診断等における、個人の遺伝情報・ゲノム情報の取扱いについても不明瞭なままです。

 現在、全ゲノム解析研究が国策として進められ、5) 患者とその血縁者を対象としたゲノム解析や遺伝学的検査が急速に医療の場で展開されようとしていますが、前述のような我が国の現況においては、患者やその家族が遺伝情報・ゲノム情報に基づく不当な差別や社会的不利益を受ける可能性を払拭できず、当事者には強い不安を引き起こします。患者・家族だけではなく、現時点では遺伝との関連を自覚していない、現在は健康な多くの方々にも不安が広がる恐れがあります。

 国民がゲノム解析を伴う医学研究への参加や遺伝学的検査の利用を控えることも考えられ、我が国での遺伝情報・ゲノム情報を用いた新規医薬品開発やゲノム医療の導入の障壁となることも懸念されます。6) また、ゲノムと疾患の関係には集団間の違いや民族差が存在するため、我が国での遺伝情報・ゲノム情報を用いた新規医薬品開発やゲノム医療が世界から遅れを取れば、国民に長期間の不利益をもたらす可能性があります。

 全ての医療関係者は、遺伝情報・ゲノム情報を取り扱う際、情報によっては保険や雇用、結婚、教育など医療以外の様々な場面で、患者や血縁者に対する不当な差別や社会的不利益につながるものが含まれる可能性があることについて十分に留意すべきです。

 日本医学会、日本医学会連合並びに日本医師会は、遺伝情報・ゲノム情報を活用した医療や公衆衛生の実現に向けて、教育や研究、啓発に尽力するだけでなく、不当な差別や社会的不利益の防止にも貢献したいと考えています。今後、我が国でゲノム医療が普及し、国民が安心してゲノム医療を受けられるようにするため、私どもは、国、監督官庁、遺伝情報・ゲノム情報を取り扱う可能性のある保険会社等の事業者および関係団体に対し、遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益を防止するため下記を要望します。

  1.   国は、遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益を防止するための法的整備を早急に行うこと、及び関係省庁は、保険や雇用などを含む社会・経済政策において、個人の遺伝情報・ゲノム情報の不適切な取り扱いを防止したうえで、いかに利活用するかを検討する会議を設置し、我が国の実情に沿った方策を早急に検討すること。
  2.   監督官庁においては、遺伝情報・ゲノム情報を取り扱う可能性のある保険会社等の事業者および関係団体に対し、遺伝情報・ゲノム情報の取扱いに関する自主規制が早急に進むよう促すとともに、その内容が消費者にわかりやすく適正なものとなるよう、指導・監督を行う仕組みを構築すること。
  3.   遺伝情報・ゲノム情報を取り扱う可能性のある保険会社等の事業者および関係団体は、遺伝情報・ゲノム情報の取扱いについて開かれた議論を行い、自主的な方策を早急に検討し公表すること。

[註]用語の定義
厚生労働省「ゲノム医療等の実現・発展のための具体的方策について(意見とりまとめ)」(2016 年)では,「ゲノム情報」は、塩基配列に解釈を加え意味を有するもの,「遺伝情報」はゲノム情報の中で子孫へ受け継がれるものと定義している。
[https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-DaijinkanboukouseikagakukaKouseikagakuka/0000140440.pdf]

1) 厚生労働省「ゲノム医療等の実現・発展のための具体的方策について(意見とりまとめ )」( 2016 年)
  [https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-DaijinkanboukouseikagakukaKouseikagakuka/0000140440.pdf]
2) ヒトゲノムと人権に関する世界宣言(1997)
  [https://www.mext.go.jp/unesco/009/1386506.htm]
3) ACMG Statement: Points to consider to avoid unfair discrimination and the misuse of genetic information: A statement of the American
  College of Medical Genetics and Genomics (ACMG). Genetics in Medicine (2021) 
  [https://www.gimjournal.org/article/S1098-3600(21)05379-X/fulltext]
4) 健康・医療戦略室ゲノム医療実現推進協議会「中間とりまとめに対する最終報告書」(2019)
  [https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/genome/genome_dai3/sankou3.pdf]
5) 厚生労働省 「全ゲノム解析等実行計画(第1版 )」(2019)
  [https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08564.html]
6) 厚生労働科学特別研究「社会における個人遺伝情報利用の実態とゲノムリテラシーに関する調査研究」研究報告書(2017)
  [https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/25825]