医学会連合の取組み

医師の働き方改革に関する声明・提言

提言・声明

医師の働き方改革に関する日本医学会連合の声明

医師の働き方改革に関する声明

「医療の質・安全の向上」と「勤務医の健康確保」の両立をめざして
~医療提供体制の早急な改革が必須~

一般社団法人日本医学会連合
会長 門田 守人

 2018 年6月の国会にて「働き方改革関連法案」が成立した。同法案の中心は、長時間労働規制のために時間外労働の上限の新設であり、企業は2019年4月1日の法案施行に向けた対応を行っている。しかし、医師を含む一部の職種については改正法施行5年後を目処に施行することとなっており、現在厚生労働省の「医師の働き方検討委員会」等で議論が行われている。この動きを受け、日本医学会連合では、労働環境検討委員会を中心に医療を担う当事者、医学研究者、あるいは産業医など職場の健康安全に関わる専門家の立場から、勤務医の「働き方改革」に関わる当面の課題およびその解決策について報告書をとりまとめた。その報告書を踏まえ、特に重要である下記4項目の早期実現のために声明を発表する。

〇「医療の質・安全の確保」と「医師の健康への配慮」の両立を目指す
 勤務医の働き方改革においては、医療の公共的性格、および医師業務の特殊性に鑑み、他業種とは異なる制度改革が必要である。すなわち、医師の働き方の検討に際しては、国民の生命と健康を守るという医師業務の公共性を念頭に置き、国民・患者に不利益が及ばないよう十分配慮する必要がある。また、医師法に応召義務が規定されており医師は患者からの診療要請を拒むことができず、重症度・緊急度が高い症例では規制を超える時間外労働を行わざるをえない場合もある等の医師業務の特殊性にも配慮が必要である。したがって、勤務医の働き方改革においては、「国民・患者に提供する医療の質や安全性を低下させないこと」と「医師の健康への配慮」の両立が不可欠である。現在「医師の働き方改革」の重要課題となっている勤務時間の上限設定においても、医療の質や安全性を確保した上で、如何にして勤務医の長時間労働を是正するかが重要であり、単に勤務時間の上限設定のみでは問題解決にはならないことを認識しなければならない。

〇 医療提供体制の抜本的改革を伴う働き方改革を
 現在、わが国では世界に誇りうる国民皆保険制度のもと誰もが安心して医療が受けられる医療制度が確立されており、世界屈指の長寿や低乳児死亡率などの高い医療水準が維持されている。一方、今般の働き方改革で、わが国の勤務医の労働時間は他業種の従事者に比べ極めて多いことが指摘されており、わが国の優れた医療実績の背景には、長時間過重労働を厭わない勤務医の献身的努力があると考えられる。しかし、長時間過重労働は、医師の健康への悪影響はもとより、業務執行能力の低下や医療事故の誘因となることが報告されている。また、勤務医も社会の中で生活し家庭生活を営む人間として、基本的な生活時間の確保とワークライフバランスが必要である。したがって、今般の働き方改革を機に、勤務医の長時間労働を是正すべきであるが、患者に提供する医療の質と安全性を確保した上で長時間労働を是正するためには、医療供給体制の改革が不可欠である。
 わが国の医療の現状では、医師数はOECD諸国では最低レベルである。ところが、フリーアクセス(軽い風邪でも大病院を受診するなどの仕組み)、ならびに未曾有の超高齢社会等のために外来受診患者数は多く、また、入院ベッド数も諸国と比べて多いことから、医師の仕事量は非常に過多になっている。このような現状を見ると、わが国の勤務医の過重労働は当然の結果とも言える。医師数の増加を図ることで問題の解決に繋がる可能性があるが、併せて医師の地域偏在、診療科偏在の問題が解決されなければ、地域における医師不足は根本的には解消されない。また、今般の医師の働き方改革では、専ら病院勤務医の働き方について検討されているが、わが国の病院勤務医は約20万人、診療所勤務医は約10万人で、この両者を併せてわが国の医療提供体制全体について具体的な解決策の検討が必要と考える。
 また、医療における働き方改革では、改革に伴う医師増員、タスクシフティング(業務の移管)におけるフィジシャンアシスタント(医療補助職)等の育成や職員採用等に関する新たな財源が必要となる。しかし、各医療機関における収入源は公定価格である診療報酬に限られているため、財源不足および経営困難に陥る可能性があり、診療報酬の改定など全国民的な課題としての財政対策が必須である。
 これら医療提供体制の本格的な改革に手を付けず、現在検討中の勤務時間の上限を設定するだけでは、医療環境における医師の働き方改革の実現は不可能と考える。

〇 短期的実践可能な働き方改革に積極的取り組みを
 勤務医の長時間労働の是正に向けた具体的な方策がいくつか考えられる。まず、わが国の勤務医は、医師以外でもできる業務まで行わざるを得ずに長時間労働に陥っていることが少なくない。フィジシャンアシスタントや特定看護師等の導入・普及によるタスクシフテイングを図り、勤務医の本来業務への集中、労働時間の短縮を実現することが可能である。その他の長時間労働是正の方策としては、患者の受療行動の見直しによって勤務時間外に緊急でない患者の受診を減らすこと、また、入院患者の病状説明等を時間外には行わないようにすること、当直明けの勤務負担を軽減すること、勤務間インターバル(次の勤務開始までの間隔)を設定すること、休日・夜間の診療を減少させること、病院機能の集約化、交代勤務制、主治医制に代わるグループ診療制の導入などで医師一人当たりの勤務時間を減らすなどの方策について積極的に検討すべきである。また、勤務医を雇用する個々の医療機関においては、ICカード、タイムカードの導入等による労働時間管理の適正化、36協定締結の自己点検、衛生委員会や産業医など予防医学的な産業保健マネジメントの整備など、労働時間短縮および医師の健康確保に向けた体制を整備することが重要である。

〇 女性医師の労働環境改善のための社会的対応策の推進
 女性医師数は今後増えるものと考えられる。女性医師については、妊娠・出産などにより仕事と家庭生活の両立が困難となり、勤務医としてのキャリアを中断せざるをえない場合が多いことが問題になっている。女性医師が医師としての力を十分発揮できる社会を実現させるためには、男女がともに育児に責任を持ち、更には社会全体で分担する社会への移行、男女を問わず、育児期・学童期の子どもを持つ医師の労働環境の整備や社会的意識の醸成など種々の支援体制が必要である。

おわりに
 今回の「医師の働き方改革」により、医師がより良い将来の展望を持てる労働環境が構築され、医師が国民に提供する医療の質と安全性がさらに向上することを期待する。

日本医学会連合労働環境検討委員会報告書(提言)