医学会連合の取組み

医師の地域偏在是正に向けた総合的な対策に関する意見

提言・声明

2024年10月16日、厚生労働省に提出しました。

医師の地域偏在是正に向けた総合的な対策に関する意見

2024年10月16日

厚生労働大臣 福岡 資麿 殿

医師の地域偏在是正に向けた総合的な対策に関する意見

 我が国における医師の地域偏在問題はしばしば初期臨床研修制度の義務化や新専門医制度の創設による若手医師の大都市集中に原因が帰せられ、大都市の研修医定員や専攻医定員のシーリングの導入に繋がってきました。日本医学会連合は2023年12月21日に国に対して、専門医制度と医師の地域偏在問題を絡めることで、若手医師から充実した教育の機会を奪うことがないように要望しました。地域偏在問題の根本には、社会経済の地域格差の拡大があり、その解決は、修練中の医師たちの配置ではなく、国の支援の下、地方行政と産業と医療を三位一体として、インフラ整備をはじめとする地域の活性化による魅力的なグランドデザインの創出から始めるべきものと考えます。そのため、国・厚生労働省や文部科学省などの省庁、地方自治体・地域、大学病院・病院団体、日本医師会、日本専門医機構とともに、日本医学会連合が議論に参画することを要望してきました。
 その後、いわゆる「医師の地域偏在」是正について、国の骨太方針、厚生労働省から「解決策」が提案されています。日本医学会連合は、医学に関する科学及び技術の研究促進を図り、医学研究者の倫理行動規範を守り、我が国の医学及び医療の水準の向上に寄与することを目的とする(定款第3条)立場から、現在出されている「解決策」について、医学及び医療の水準の向上や医師や医学研究者の育成への配慮の観点から懸念を表明するものです。
 2024年6月21日に発出された国の骨太の方針では、「 医師の地域間、診療科間、病院・診療所間の偏在の是正を図るため、医師確保計画を深化させるとともに、医師養成過程での地域枠の活用、大学病院からの医師の派遣、総合的な診療能力を有する医師の育成、リカレント教育の実施等の必要な人材を確保するための取組、経済的インセンティブによる偏在是正、医師少数区域等での勤務経験を求める管理者要件の大幅な拡大等の規制的手法を組み合わせた取組の実施など、総合的な対策のパッケージを 2024年末までに策定する」とされています。
 この中で、経済的インセンティブによる偏在是正は、国の骨太の方針の発出に先立ち、2024年5月21日に発出された、財務省の財政制度等審議会「我が国の財政運営の進むべき方向」で具体的に指摘されています。すなわち、「医師の偏在は自由開業制の下で生じている根深い課題であり、経済的インセンティブと規制的手法の双方を活用し、強力な対策を講じる必要がある。地域偏在の対策として、地域別診療報酬の活用を提案した。経済的インセンティブの当面の措置として、医師過剰地域の1点当たり単価(10円)の引き下げを先行させ、それによる公費の節減効果を活用して医師不足地域の対策を強化することも考えられる」としました。さらに、「規制的手法も組み合わせる必要がある。診療所の報酬適正化、地域別診療報酬体系の導入とあわせ、医師過剰地域における新規開業規制の導入について諸外国(日本と同様に公的医療保険制度をとるドイツ、フランス)の例も参考にすべきであろう」としています。
 また、2024年8月30日に発出された厚生労働省近未来健康活躍社会戦略は、医師偏在是正に向けた総合的な対策として、①医師確保計画の深化:第8次医師確保計画の策定、②医師の確保・育成:医師少数区域等での勤務経験を求める管理者要件の大幅な拡大、③実効的な医師配置:重点的な支援区域の医療機関や処遇改善のための経済的インセンティブ、当該区域への医師派遣等を行う中核的な病院への支援を提言しています。さらに、2024年9月5日に開催された第1回厚生労働省医師偏在対策本部では、規制強化として、①医師少数区域での勤務経験を求める管理者要件の大幅な拡大、②開業の規制など医師多数区域の都道府県知事の権限強化、経済的支援として、①医師少数区域で処遇改善のための支援、②医師少数区域へ医師派遣を行う中核病院への支援を提案しています。そのため、厚生労働省は2025年度予算の概算要求では医師偏在対策などに915億円を計上しています。
 我が国の高度医療・先進医療を担っている大学病院をはじめとする医療機関は、現在、深刻な経営危機に陥っています。例えば、42国立大学病院の2023年度決算概要を見ると、マイナス60億円で、2004年度の国立大学法人化後初の赤字となっています。個別には、大都市部の大学病院を含め22病院が赤字でした。その主な原因は、光熱費、医薬品費、材料費が急激に高騰し、2023年度には医療比率が44.6%(2012年36.5%)にも上昇していることで、この経営危機が続くと医療機器の更新などが滞り、高度医療の提供が困難になるとされています。このような状況に鑑みると大都市圏の“医師過剰地域”の 1 点当たり単価(10円)の引き下げは、大都市圏の医療の質の低下・医療崩壊に直結するといわざるを得ません。日本医学会連合は、我が国の医学及び医療の水準の向上を願う立場から、大都市圏の医療への経済的ディスインセンティブの手法ではなく、医師少数区域で処遇改善のための支援や医師少数区域へ医師派遣を行う中核病院への支援などの経済的支援を行うという厚生労働省の提案は、適切なものと考えます。また、医師少数区域における遠隔医療に関する規制緩和なども支援となるものと考えます。
 一方、日本医学会連合は、規制強化として打ち出されている、医師少数区域での勤務経験を求める管理者要件の大幅な拡大には深い懸念を表明します。今回、2020年度に臨床研修を開始した医師から適用されている医師少数区域等における6ヵ月以上の勤務経験を求める地域医療支援病院の管理者要件の対象病院を大幅に拡大することが提案されています。日本医学会連合は、若手医師の専門医の取得・維持と学位取得・研究が両立できる環境整備とそのための国の支援を要望してきました。言うまでもなく、若手医師は地域医療を含む臨床や研究について、多様なキャリアパスの中から、個人個人がその希望や適性に基づき将来の進路を自由意思で決定していくべきものと考えます。管理者要件の拡大は若手医師の臨床や研究の多様なキャリアパスの担保や選択の自由を脅かすもので、容認できないものです。このような制度が導入されれば、多くの医師が6か月以上の医師少数区域勤務経験を求める義務に縛られ、若手医師の医学研究マインドの涵養や研究機会・研究時間の確保が、現状に比しても一段と困難となることは明らかです。日本医学会連合として、医師の地域偏在の問題をこのような若手医師に対する規制的な手法により解決しようとすること、言い換えれば専ら若手医師に負担を押しつけることによる解決方法は容認できません。現在、喫緊の課題となっている、医学系の研究力の向上にも大きくマイナスの影響を及ぼすことになり、ひいては、我が国の医学・医療の進歩・向上を阻み、国民の健康や福祉に悪影響をもたらすことを深く憂慮します。
 日本医学会連合が2023年12月21日に発出した提言の精神に立ち返り、地域偏在問題の解決を専ら修練中の若手医師の配置によって解決することに委ねるべきではないこと、若手医師の充実した教育・研究環境の整備と医師の地域偏在の問題を共に解決すべく、国・厚生労働省や文部科学省などの省庁、地方自治体・地域、大学病院・病院団体、日本医師会、日本専門医機構とともに、日本医学会連合が議論に参画することを改めて求めます。

一般社団法人日本医学会連合
会長 門脇  孝
副会長 磯  博康
副会長 髙橋 雅英
副会長 南学 正臣
副会長 北川 雄光
理事 岡部 繁男
理事 本間 さと
理事 宮園 浩平
理事 今中 雄一
理事 苅田 香苗
理事 川上 憲人
理事 青木 茂樹
理事 岡   明
理事 春日 雅人
理事 熊ノ郷 淳
理事 小池 和彦
理事 小室 一成
理事 名越 澄子
理事 池田 徳彦
理事 木村  正
理事 齊藤 光江
理事 澤  芳樹
理事 瀬戸 泰之
理事 松本 守雄
監事 北   潔
監事 秋葉 澄伯
監事 矢冨  裕
監事 森  正樹