医学会連合の取組み

臨床研究法の見直しに関する要望書

提言・声明

臨床研究法の見直しに関する要望書

令和元年7月8日

臨床研究法の見直しに関する要望書

日本医学会連合 臨床研究法のあり方検討委員会
(協力:公正研究推進協会)

厚生労働省医政局研究開発振興課課長
伯野春彦 殿

 2013 年に発覚したいわゆる「ディオバン事件」を契機に、研究不正防止を主な目的として公布・施行された臨床研究法は、その役目を一部果たしながらも、国民の保健衛生の向上(臨床研究法第一条)という法の本来の目的の観点からは、付随する施行規則および一連の Q&A とともに極めて憂慮すべき内容を含んでいる。

 大規模な介入研究はそのシーズとなる多くの小規模研究を土台として行われるものだが、これらが破局的な減少に向かっていることが jRCT の統計上から読み取れる。すなわち全国的に介入研究が減少しており、とくに小規模病院ではほぼ実施できないという状況が生まれている。

 今回の臨床研究法の施行をめぐっては、様々な問題点が指摘されている。すなわち観察研究を臨床研究法の対象に含めた手法に対する疑念、および観察研究の定義の揺らぎ、添付文書に記載された用法・用量を外れる薬剤投与法による研究をすべて「特定臨床研究」とみなす解釈、研究を行う医師や支援する事務局に対する過大な事務負担などである。これらは研究現場の混乱と疲弊を生じ、研究者の意欲を削ぎ、研究者の育成を阻むだけでなく、我が国の臨床開発に対する国際競争力を失墜させ、ひいては研究の成果を医療や健康の知識として国民が自律的に判断する機会を奪うことになるものと危惧する。そうした中、法律が国民の保健衛生の向上を目指すように、医療界としても研究が患者のためになるとの本来像を全うできるように基本方針を掲げる必要がある。

 法学者の指摘によれば、被験者保護と研究者主導で行われる研究の不正行為防止のための法律が、医薬品・医療機器等の製造販売業者を取り締まる法律たる薬機法に基盤を置くことにそもそも問題があるとされる。また臨床研究法には、現行の医療法、GCP、倫理指針(人を対象とする医学系研究に関しても本来患者のためになるべきであるという倫理指針)、ICH 関連などの国際的な規制との間に齟齬が見られる。このことより、本委員会は臨床研究法の早期改正が必須と考え、法改正にむけた研究班の設置を要望する。研究班においては、法本来の目的である臨床研究の推進と臨床開発の国際競争力の強化の観点から、臨床研究法・施行規則・Q&Aの影響、およびその一部の手直しの影響を分析し、慎重かつ現実を踏まえた議論を行い、合わせて改正・施行後の適切な監視体制についても提言を行うべきである。研究班において議論すべき重要な課題としては、「臨床研究」自体の定義、対象とする研究の範囲の設定(国際的に医薬品とは異なる規制が行われている医療機器を対象とすべきかについても議論の対象である)、「疾病等」と有害事象の概念のすり合わせ、国際的規制との整合性に必要な「スポンサー」概念の導入、適応外・未承認品と先進医療制度とのすり合わせ、研究成果の薬事申請活用、臨床試験遂行に必要な資金やインフラの整備などが考えられる。

 法改正という中長期的課題とともに、臨床研究現場の混乱を収束させ負担軽減と臨床研究現場の活性化を図る措置を可及的速やかにとることを本委員会は要望する。このことは、失われた行政への信頼性回復のためにも必須である。この短期的課題の達成のためには、Q&Aの改正による対応のみでは足りず、本来は施行規則(省令)改正まで踏み込んだ対応が必要な課題も存在するが、認定臨床研究審査委員会の業務規程の修正や通知等を通じ可能な範囲で短期的措置を講じ、施行規則改正が必要なものについては、必要な改正点と改正の道程について明示することを本委員会は要望する。

 早急に対応が必要な課題としては、以下の 3 課題がとくに重要である。ただし事務量の削減については細部に関し他にも多くの解決すべき課題がある。本委員会は、当局がこれら課題の把握を現場担当者に対し積極的に行い、上記の業務規程の修正や通知に反映させることを要望する。

1.臨床研究法における観察研究の位置づけ
 臨床研究法第二条によれば、日常診療の範囲で行われる治療薬を用いた観察研究は、臨床研究法の適応を受けないことは明らかである。しかし臨床研究法施行規則第2条において、不適切にも「適応除外としての観察研究」を定義した。このため、本定義に当てはまらない多くの観察研究が介入研究として同法の対象と見做され、その結果、多数の観察研究が厳しい規制を受けることとなった。本委員会は、日常診療の範囲で行われる治療薬を用いた観察研究観察研究は、法の対象外であることを明確化することを要望する。一方、治療は日常診療の範囲で行われていても、医薬品や医療機器を用いた新しい検査法を評価する研究については、一定の規制は避けられないと考えられる。それではどのような研究が対象になるのか明確化が必要である。

2.がん、小児の分野で大きな問題となっている「適応外」の問題
 がんの分野は、適応自体は存在し(かつ日常診療で使われている範囲の)用法・用量が添付文書と異なる臨床試験が「特定臨床研究」とみなされる問題が主体である。これに対しては(審査管理課によるといわれる)適応外の解釈を緩めるか、例えば再審査期間を過ぎた薬剤を対象外とすることが考えられる。小児科では薬剤の多くは用量用法が定まっておらず、承認された量と異なる用法用量決定のための研究は、特定臨床研究と見なされる。しかし、コストや人的資源の点で特定臨床研究を実施することは現実には著しく困難であり、法の趣旨とは逆に小児医療の向上を妨げる結果を生む様相が明確になってきた。それゆえ、使用する薬剤が学術的根拠と薬理作用に基づき保険診療などで使用経験があるなど一定の基準をクリアしたものである場合の小児臨床研究は、特定臨床研究とは見做さない、といった例外事項を設けるとともに、小児分野の特定臨床研究を推進する施策を強力に推し進め、欧米と同様に小児領域を重視した体制の構築が必要である。がん、小児については保険診療における医薬品の取り扱いについて行ったいわゆる55年通知に倣えば、研究における医薬品の取り扱いについても適応外使用を、条件をつけて許容できるはずである。

3.事務負担の軽減
 未知のリスクの高い研究では一定の事務量が必要であることは当然だが、法の対象となる研究の範囲が広くなりすぎたこともあり、現状に合わない煩雑さと費用が要求されている。まず、法律の具体的な目標を記載し、続いて臨床試験遂行上、最低限の必要事項を決めることで、各施設の臨床試験支援組織が必要以上の規制を行わないよう指導すべきである。その上で重要な課題は、届け出・変更に伴う事務量軽減とCOI管理の施設負担軽減の二つである。
 届け出・変更の事務処理を軽減するには、厚労大臣への届け出事項となっている施行規則様式第一(実施計画)の簡略化、実施計画とjRCT登録内容の分離が本質的な解決策であるが、施行規則で規定されている「軽微な変更」の範囲を適切な範囲で拡大することでも当面は対処可能と考えられる。事務手続きを煩雑としている実施医療機関の「管理者」確認については、認定臨床研究審査委員会の業務規程修正等で対処可能と考えられる。
 COI 管理も現場では大きな負担となっている「医療機関による事実確認(施行規則第21条第2項 )」を撤廃することが根本的な解決策であるが、「事実確認」について現実的な解釈を示すことで対応可能と考えられる。

以上